http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2433335/detail?rdより全文
アルカイダ、ネット通じ9・11米同時多発テロの未公開映像の全編を公開
AP通信によると、国際テロ組織アルカイダは10日、インターネットを通じて、同組織の指導者オサマ・ビンラディン容疑者が2001年9月11日の米同時多発テロに向けて準備をしている模様を伝える未公開動画の全編を放映した。一部は7日に中東・カタールのテレビ局アルジャジーラで放映されていた。
動画は同時多発テロの5周年を回顧するドキュメンタリー形式となっているが、テロ実行犯とされるハムザ・アルガムディ容疑者とワイル・アルシェヒリ容疑者やアフガニスタンと見られる山中の基地内を歩いたり、指揮官にあいさつをするビンラディン容疑者の姿が出てくる。また、ニューヨークのWTCビルに最初に激突したアメリカン航空11便を乗っ取ったとされるアルシェヒリ容疑者と2番目に衝突したユナイテッド航空175便に搭乗していたというアルガムディ容疑者による証言映像が明らかになったのは今回が初めて。
ターバン姿の若者がパソコンから流れるビンラディン容疑者の録画演説に見入る場面では、正体不明のナレーターが5年前の米国に対する同時多発テロが、若い世代のイスラム教徒を激励したと語っている。アルジャジーラが7日に動画の一部を放映する一方、アルカイダは後日、インターネット上に全部を公表すると予告していた。同時テロ5周年の前日にあたる10日夜に、アルカイダが動画や声明の発表の際に頻繁に使用するウェブサイトで同映像が公開されたもの。【了】
ゲンダイネット 2006年09月11日
http://gendai.net/?m=view&c=010&no=18294より全文
9・11テロから5年 強まる陰謀説
あの9・11テロからまる5年、米国内で日増しに強まっているのが「ブッシュ政権が仕組んだ陰謀説」だ。米上院が正式に「イラクの大量破壊兵器の存在」を否定し、「フセイン政権とアルカイダは無関係」と公式発表したこともその説に拍車をかけている。陰謀説の根拠となっているのはビデオ映像だ。例えば世界貿易センタービルでは、旅客機の激突寸前に「ビルが内部から爆破された」とする説が有力。こうした陰謀説を紹介した本が10万部以上売れている。3人に1人はブッシュ政権を信じていないという世論調査もある。
asahi.com 2006年09月11日
http://www.asahi.com/culture/tv_radio/TKY200609110119.htmlより全文
米前政権の失政描くABC9・11番組、民主党が猛反発
米同時多発テロをなぜ防げなかったのかを題材にした米ABCテレビのドラマ「9/11への道」の前編が10日、放送された。番組はオサマ・ビンラディン容疑者をとりのがしたクリントン政権の失敗を軸に描き、放送前からクリントン前大統領ら前政権側が「事実をねじ曲げている」と放送中止を求めていた。
番組には、クリントン前大統領が不倫騒動のためアルカイダの追及に全力を注げなかった▽当時のオルブライト国務長官がビンラディン容疑者を狙うミサイル攻撃を事前にパキスタン政府に伝え、容疑者側に漏れた可能性がある▽当時のバーガー国家安全保障問題担当補佐官が米中央情報局(CIA)による容疑者の殺害計画を阻止した――と受け取れるシーンがある。
ABC側は、米同時多発テロを防げなかった理由を調査した独立調査委員会の報告などを参照にしたというが、指摘された3氏とも事実無根だと主張する。AP通信によると、クリントン前大統領は7日「委員会の報告を参照にしたというなら、事実を伝えるべきだ」と語った。オルブライト、バーガー両氏や議会の民主党議員らは、誤りを正すか放送を中止すべきだと、ABCの親会社ウォルト・ディズニーのアイガーCEOに求めた。
これに対し、ABCは「『9/11への道』はドキュメンタリーでなく、ドラマ化されたもの」とした上で、番組中に「劇的にし、物語風にするため、虚構のシーンを含んでいる」などとする注意書きを放送した。
歴史的な
宗教や民族問題での対立である以上
テロ、または戦争が無くなることは無いのでしょうね
日本にとっても対岸の火事とは言えなくなっている現状が
恐いですね。
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参考サイト
コメンタリー
http://fbc.binghamton.edu/jpcmhp.html
あれから5年 「9・11」後の世界
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20060905/109224/
オサマ・ビンラディンとCIAの愛憎関係
http://tanakanews.com/b1105osama.htm
etc
自身の資料の為に上記参考サイトを含め
追記に全文転載したものを集めてあります。
よろしければ、どうぞ年代順不同
コメンタリーより
評論 第162回 2005年6月1日
イラク戦の勝者はイラン
火遊びした米に誤算
強大国になると、火遊びの誘惑には抗しがたくなるものだが、ブッシュ米政権の場合はとりわけ無謀だった。米国とイラン、イラクの三角関係を例にとろう。その歴史はよく知られている通りだ。
米中央情報局(CIA)の初の介入は1953年、イランで行われた。イラン首相モサデクの石油国有化でシャー(国王)は亡命。憤る米英両国がモサデク逮捕とシャー復権の軍事クーデターを支援した。実のところ、たき付けたのだ。以来、シャーのイランは米国の緊密な同盟国となる。パーレビ体制は極めて抑圧的だったが、中東における親米勢力の支柱だったから、問題にもされなかった。
パーレビ体制は79年のイラン革命で崩壊し、シャーは再び亡命。支配勢力はホメイニ師率いるイスラム強硬派に変わり、その後強硬派が米大使館を占拠、館員らを人質に444日間立てこもる。米国が再び傷ついたのは言うまでもない。
イランに対処する最善策として米国は、イラク大統領フセインにイラン侵攻をそそのかし、フセインは80年に実行に移した。レーガン大統領は83年、ラムズフェルド特使(現国防長官)を送り込み、戦争を鼓舞し、支援策を提示。米国のテロ支援国リストからもイラクを外すなど、フセインを甘やかした。
裏切りの連続
イラン・イラク戦争は8年続き、双方疲弊しきって終わる。イラクは戦争遂行のため借り入れた債務、中でもクウェートやサウジアラビアに対する巨額債務の返済が困難になる。フセインはクウェート侵攻で債務を帳消しにし、うっせきする民族主義的主張を一気に満たそうとした。米国はクウェート撤退を迫り、国連のお墨付きを得て多国籍軍を率い、湾岸戦争を起こした。
湾岸戦争は終わるが、さまざまな裏切りを伴った。フセインは米国の爆撃回避のため空軍機をイランに避難させたが、イランは機体返還を断る。イラクのシーア派が反フセイン蜂起を起こすが、米側は支援を拒否した。
91年から2001年の事実上の停戦状態には、どの当事者も多少なりとも不満を抱いていた。米国のネオコン(新保守主義者)は、フセインが政権の座にとどまったことに屈辱を感じた。
9・11米中枢同時テロが起きて、ネオコンは好機到来とばかりブッシュ大統領をイラクとの戦争に仕向けた。03年に侵攻を始めフセイン政権を打倒した。イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と決め付けたブッシュ大統領は、まずイラクを軍事的に押さえるつもりだった。米側がイラン制圧も時間の問題と考えていたのは明らかだ。
奇妙な転換
ブッシュ大統領が思い描いていたと思われるのは、イラクに親米政権を早急に樹立し、しかる後にイランと対決することだった。予想外だったのはイラクでの強力な抵抗運動だ。本格的な掃討は今もできそうにない。
シーア派がイラク移行政府で多数派となったのも想定とは違った。米軍の戦線が延び切り、イランの政権交代を狙った軍事行動に踏み切れないのも想定外だが、なによりも予期していなかった事態とは、イランがイラク戦争で最大の外交的勝者の立場に立ったことだ。
5月半ばイラクを電撃訪問したライス米国務長官の移行政府への態度は、お説教と懇願とが相半ばしていた。スンニ派をもっと入閣させ、旧フセイン体制派の一部も政権に加えよというのだ。これによって米軍占領への抵抗を弱め、駐留軍削減が可能になると考えているのかもしれない。長官がフセイン時代の旧バース党員に代わって要請するとは、なんと奇妙な方向転換ではないか。
その直後イラン外相がイラクを訪問し、敵対関係に終止符を打つ共同声明を発表。イラン・イラク戦争はフセインが引き起こしたとの認識で一致した。両国はイスラエルをあらためて批判した。米国の反イラン十字軍にイラクが加わるとブッシュ政権が考えているとすれば明らかに勘違いだ。
イラクとイランの関係は正常化し、友好的になりつつある。これは、ネオコンが中東「民主化」構想に着手した際に思い描いていたことではない。米軍のイラク撤退はずれ込むよりむしろ早まるだろうが、イランは(米国のおかげで)この地域でこれまでになく強力な存在になるだろう。
2005年06月10日 共同通信
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "Playing With Fire: the U.S., Iraq, Iran," Commentary No. 162 (June 1, 2005). http://fbc.binghamton.edu/162en.htm
評論 第118回 2003年8月1日
サダム・フセインは敗北したか?
サダム・フセインは負けたのだろうか。アメリカ政府のイラク担当官に言わせるなら、この答えは明らかだ。近ごろ、米イラク総督ポール・ブレーマーが「生死にかかわらず、イラクにおけるこの男の役割は終わった」と述べた。
かれの分析は誤っている。ジオポリティクス【1】という競技場で、いつも強者の側に立ってきた競技者は視野が狭い。だから、きわめて限られた短期の展望しか持たず、目の前の結果から勝ち負けを判断しようとする。しかし弱者の側に立ってジオポリティクスの勝負に挑むなら、おのずと戦い方が違ってくる。視野を広くして、中期の展望を持たなければならない。
では、サダム・フセインの立場からイラク戦争を眺めると、何が見えてくるだろうか。読者といっしょに考えてみよう。
一九五八年、急進派のナショナリストたちがイラク王政を倒し、アブドル・カリム・カシムが政権を奪う。新政府のメンバーは、自分たちが汎アラブ運動を進め、アラブ世界に革命をもたらすと考えていた。カシムは、アメリカの後押しで成立したバグダッド条約機構【2】からイラクを脱退させ、石油産業の一部を国有化している。カシム政権はイラク共産党の支持も得ていた。イラクがソ連との関係を深めるとみて、アメリカは警戒する。
六三年、第二のクーデターによってバース党が権力を握った。バース党はアラブの数カ国で活動してきた団体である。宗教とは距離をおいて社会主義を目ざし、ナショナリズムを唱えて汎アラブ運動を進めてきた。ただ、共産主義には敵意を抱いてた。CIAがバース党の権力掌握を助けたと広く信じられている。政権を手にしたバース党はイラク共産党を弾圧した。
当時、サダム・フセインはバース党の将来を担う若い指導者であり、新大統領の甥でもあった。かれは知性とともに残酷さを備えていた。一九七九年、サダムは叔父を辞任に追い込む。血まみれのクーデターの始まりである。支配者となったサダムは反対派の粛清を繰り広げ、止むことがなかった。
権力を握ること以外にサダムは何を望んでいただろうか。アラブが世界政治に果たす役割を強めたいと彼は願い、アラブが広く団結することを求めていた。アラブ世界の指導者になるのは自分以外にいないと、おそらく信じていただろう。サラディン【3】の再来である。現代のサラディンになろうと夢見た者は何人もいた。それは間違いないけれど、ナセルが亡くなってからは、サダムほど実力を持つものは他にいなかった。しかもバグダッドは、カイロと並んでアラブ世界の中心地である。いつの時代でもアラブ=イスラム世界に覇を唱える者たちの舞台となってきた。
こういう目標を掲げると、敵がたくさん現れることはサダムも知っていた。アラブ世界にいる主な敵は共産主義者とイスラム教主義者だった。両者ともサダムを憎んでいた。アラブ以外では、イランとイスラエルが宿敵だった。この両者もサダムを忌み嫌っていた。アメリカとロシアは[サダムの野望を見過ごすことはできないが]、それぞれ相手がサダムにもっと嫌われればいいと願っていた。
すべての敵と一度に戦うわけには行かない。ソ連との関係は残したまま、サダムはアメリカと黙約を結ぶ。ロナルド・レーガン時代のことだ。取引の確認をするために、イラクまで出向いたのは他の誰でもない、ドナルド・ラムズフェルドだった。取引とはなにか。武器の支援と引き替えに、イラクがイランを攻撃することである。
サダムにしてみれば、いくつか目的があった。新たな領土獲得すること。[絶対多数がシーア派であるイランを攻撃することによって]イラク国内で[スンニ派を基盤とするバース党と]対立しているシーア派の勢力を弱めること。汎アラブ運動の旗手としての威信を高めること。そして自国の軍隊を強化することである。
アメリカは、中東地域に持つ自分たちの利益を脅かすのは主にイランだと考えていた。だから、この取引は名案だと膝をたたいて、直接に(あるいはサウジアラビアなどの同盟国を通じて)通常兵器や生物化学兵器を供給した。サダムに情報を与えて、戦争の手助けもした。(公平のために言っておく必要がある。核兵器を手に入れようとイラクが考えたのは、アメリカがイラク=イラン戦争の援助を始める以前から、フランスが原子力発電所の建設を支援していたからだ【4】。しかし、この施設はイスラエルの爆撃によって破壊された)
サダムの立場からするとイラク=イラン戦争は失敗である。八年も闘ったあげく何も変わらなかった。おびただしい数の人命が失われ、莫大な損害をこうむった。それでも、この戦争にイランが忙殺されたのは、アメリカにとってプラスである。サダムは報酬を要求したが、アメリカやサウジアラビアの対応は鈍かった。
ちょうどこの時にソ連が崩壊し、冷戦が終わる。サダム・フセインは別に痛手だとは思わなかっただろう。逆に、これこそ天の助けだと考えた。それまでイラクはソ連から武器の提供を受けていた。だからソ連に配慮して、米ソ関係を緊張させるようなことが何一つできなかった。ソ連の崩壊によって、この制約からサダムはついに自由になる。
一九九〇年、イラク経済は危機を迎えていた。世界市場では原油が安く取引されていたし、イランとの戦争で被った損害も大きかった。戦争の資金を貸し付けていたクウェートが借金の返済を迫ってきた。またクウェートは、イラクの油田にむかって斜めにパイプを掘り下げ、イラクの石油を盗んでいたかもしれない。
そしてイラクには、元を正せばクウェートは自国の領土だという言い分があった。オスマン帝国の時代に、イラクとクウェートは同じ地方に属していたのに、第一次世界大戦のあと、イギリスが自分の都合で勝手に二つの国に分けたのではないか。
そこで、経済問題を解決するために、サダムは賭けに出た。クウェートの侵略である。
この企てはイラクのナショナリストたちの訴えに応えるものだったし、もし成功していれば、イラクがアラブ世界の首領国となっていた。そればかりか、イラクはパレスチナの救世主になっていたかもしれない。あのころPLOとイスラエルの交渉が決裂したばかりだった。
おそらくサダムは次のように計算を立てていただろう。
──クウェートに兵を向ければ、間違いなく不法な侵略行為だと見なされる。それでも居なおってみせることができるか? どの国が邪魔だてしてこようか? 強硬な介入ができる国があるとすればアメリカの他にはないが、あの大国は長いあいだイラクに対してあいまいな態度を取っている。
今なら私たちも知っていることだけれど、イラクに在駐していたエイプリル・グラスピー米国大使が、クウェート侵攻のわずか数日まえに、イラクとクウェートの外交問題についてアメリカは中立の立場をとるとサダムに伝えていた。そうすると、これは五分五分だとサダムは考えた。
──アメリカが軍事介入に打って出るか、あるいは言い訳をするだけで、まともに取り組もうとしないか。もし何もしてこないなら、自分の勝ちだ。もし軍事介入をしてくるなら、戦争になる。しかし、とてもアメリカにはイラクを侵略することはできない。だとしたら、たとえ勝利を得られなくても、敗北することはない。
もちろんサダムの計算は正しかった。初代ブッシュ大統領やシュワルツコフ将軍が説明していたように、イラクを侵略すれば米軍の戦死者は耐えがたいほどの数になり、イラクを占領すれば政治上の泥沼に踏み込むことになる。
サウジアラビアとトルコは[それぞれ自国の少数派であるシーア派とクルド人の動きを警戒して]イラクが分裂することを恐れていた。イラクの南部にシーア派の国家が生まれ、北部でクルド人が独立することになるかもしれないからだ。
こういう事情があったから、第一次湾岸戦争が終わったとき、サダムは戦争が始まる前と同じところまで兵を引いただけで停戦を結ぶことができた。確かに損害があった。陸軍と空軍のいくらかを失った。南部にシーア派の国家はできなかった。しかし北部ではクルド人が独立を唱え、正式に承認されていないにしても、国家が建てられた。
サダムは国連の監視下におかれ、彼が保有していた大量破壊兵器はすべて廃棄されることになった。一九九八年、国連の査察団をやっと追い出したときには、大量破壊兵器はほとんどなくなっていた【5】。
ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任したとき、危ないことになるのがサダムにはわかった。ブッシュのアドバイザーを務める上級閣僚たちのほとんどが、ほんの数年前に、サダム政権を叩きつぶせと公言していたからだ。そして九・一一事件が起きる。アメリカの報復攻撃を受るはオサマ・ビンラディンではなくて、結局は自分だとサダムは見抜いていたに違いない。
そこで、サダムは国連の査察団を呼び戻すことにした。今にして思えば、サダムは持っていた大量破壊兵器を廃棄していたようだし、新しく配備しなおした様子もない。査察団が何も見つけられないことは最初からわかっていた。
ところが、すぐに明らかになったように、サダムがたとえ何をしようとアメリカのイラク侵略をくい止めることはできなかった。そもそも侵略の目的はサダム政権を倒して、中東にアメリカの武力と政治力を確立することだった。
大量破壊兵器を持っていないのなら持っていないと、どうしてサダムは言わなかったのか。実際には、もう何も残っていないとサダムは訴えていた。しかし誰も信じようとしなかった。サダムに何ができただろうか。兵力は限られている。二度目の戦争に勝てないことはわかりきっている。
もし、あなたがサダムだったとしたら、勝つ見こみのない第二次湾岸戦争を前にして、どんな対策を立てるだろうか。選択はひとつしかない。第三次湾岸戦争に備えることである。では、あなたはどんな準備をすればいいだろうか。
第一に、全軍のなかでは少数だが、自分に忠誠を誓う勇猛な兵士をできるだけ失わないようにすることだ。だから米英軍の攻撃を受けて立つにしても、早い段階できっぱりと抵抗を止める。
第二に、大がかりな略奪を組織しておこない、国内を混乱させる。
第三に、あなたがすることはゲリラ攻撃だろう。最初は米兵を標的にする。それから次第に攻撃の手を広げ、アメリカに協力するすべての者を狙ってゆく。
あとは何も急がずに、アメリカの体制が足もとから崩れていくのを静かに待つ。しばらくすれば流れが変わり世論が自分の有利に傾くだろう、とあなたは考える。アメリカとイラクの世論が必ず情勢を動かす。
アメリカでは市民が、じわじわと増えつづける戦死者の数におびえ、イラクの統治が何もうまくいかないことに不安になり、ブッシュ政権の得意技となっている嘘やごまかしに嫌気がさして、イラクでの作戦をもう支持しなくなる。
やがてイラクでは、虐殺と拷問で知られたサダムを、祖国のために抵抗をつづける英雄としてたたえるようになる。たとえアメリカがサダムを探し出して殺したとしても、サダムの姿は人びとの心に刻まれるだろう。アメリカが「イラク解放」を果たしたという物語を信じる者などいない。十字軍を打ち破ったサラディンの威光には及ばないけれど、敵に武力で劣るのだから、サダムもほどほどで満足しなければならない。
サダムの政府を叩きつぶせば勝利は我がものとなる、とブッシュは信じていた。一方サダムは、ブッシュを政権からひきずり降ろして最後に勝つのは自分だと計算していた。どちらの読みが正しいか。勝負の行方はやがて見えてくる。
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "Has Saddam Hussein Lost?" Commentary No. 118 (August 1, 2003). http://fbc.binghamton.edu/118en.htm
【1】山下範久(歴史社会学)によると、「ジオポリティクスという言葉は、通常は地政学と訳され、特定の地理的な空間を条件として展開するパワーゲームに注目する政治分析を指すが、世界システム論においては、資本主義世界経済というひとつの空間的な実体を条件として、そのなかで展開する大国間の政治的・軍事的抗争のダイナミズムを指す」。
【2】一九五五年四月に成立した条約機構。加盟国は、イラク王国・トルコ共和国・連合王国(イギリス)・パキスタン自治領(英連邦)・イラン王国。
【3】サラディン(一一三八年〜九三年)は、イラクのティクリートで生まれた。アーリア系クルド族の出身。六九年、シリア軍の司令官としてエジプトに遠征。ファーティマ朝エジプトを廃し、アイユーブ朝の始祖となる。エジプトからシリアやイラクへ勢力を広げ、八七年七月、ハッティンの会戦で十字軍を破る。同年一〇月、聖地エルサレムを異教徒の手から九〇年ぶりに奪回した。十字軍の遠征を受けてもエルサレムを守りぬき、サラディンは史上最も名高いサルタン(イスラムの王)となった。サダム・フセインにとっては故郷ティクリートの英雄でもある。
【4】一九七五年、シラクがフランス首相としてバグダッドを訪れ、当時副大統領だったサダム・フセインと会見し、イラクがフランスから原子炉を購入することについて交渉している。翌年、フセインがフランスを訪れ、シラクに案内されてフランスの原子力施設を見学した。この訪問の際に取り交わした合意書にもとづき、フランスは発電のための大型原子炉と研究のための小型原子炉をイラクに売却。さらにフランスは、イラクに原子工学を教授し、六〇〇人の技術者と科学者を養成する約束をしていた。
【5】一九九一年から九八年まで国連特別委員会の主任査察官を務めたスコット・リター氏によると、国連の対イラク兵器削減プログラムは成功を収め、九〇%から九五%の兵器が廃棄された。特に生物・化学兵器を始め、核兵器の開発に関連する施設は完全に破壊され、イラクは九八年までに軍事的脅威ではなくなっていた。この事実はイラクの周辺諸国も、イラクに侵略されたクエートやイランさえも、認めている。またリター氏は、九八年にイラクが査察団を追放したという話はアメリカのプロパガンダだったと証言した。事実は逆で、同年12月に「砂漠の狐」作戦でイラクを爆撃するために査察団に退去を要求したのはアメリカだった。査察団に潜入したアメリカとイギリスのスパイが集めた情報がこの作戦に利用された。もちろん、査察団によるスパイ活動は違法行為である。国連もこの事実を確認している。二〇〇一年、リター氏は、兵器廃棄プログラムを妨害したのはイラクではなくアメリカであると抗議して国連の職を辞した。
著作権(2003年)
原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。
( )は原文の挿入語句。
[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。
訳/安濃一樹・別処珠樹
ヤパーナ社会フォーラム
評論 第96回 2002年9月1日
ブッシュはビンラディンの手先である
アメリカに手ひどい傷を負わせてやりたい。「悪のイスラム政権」を引きずりおろしたい。中でもサウジアラビアとパキスタンの政権は断じて倒す。これが昨年9月11日に明らかになったオサマ・ビンラディンの願い事である。
二つの願い事を叶えるために、ジョージ・ブッシュは残業して頑張っている。実際、ジョージ・ブッシュがいなければオサマ・ビンラディンは目標を達成できなかったし、できたとしても短期間では無理だったろう。
ジョージ・ブッシュはイラク侵略を準備している。これに反対する動きが目立って大きくなりつつある。まずアメリカ国内で、ここ数週間に二つのグループの声がきわめて高くなってきた。
ひとつは「旧ブッシュ一族」といわれるもので、父ブッシュと彼の取り巻きである。ジェームズ・A・ベイカー、ブレント・スコウクロフト、ローレンス・イーグルバーガーといった人たちが、たいへん強い調子で警告している。彼らはいずれも第一次ブッシュ政権に関わっていた。いま国連の承認なしに侵略することは賢明でないし、必要でもない、アメリカにとってまずい結果を生むだけだろうと彼らは見ている。
もう一つは軍の反対だ。いうまでもなくブレント・スコウクロフトは元・空軍中将である。それに加え、ノーマン・シュワルツコフからも反対意見が出ている。湾岸戦争の時に米軍を指揮したのが彼だった。それからアンソニー・ジニ。ずっと中東作戦の指揮官で、イスラエル・パレスチナ問題について現政権の特使をしてきた人物だ。コソボでNATO軍の指揮をとったウェズリー・クラークも反対だ。彼らが口をそろえてイラク侵略は軍事的に難しいといい、現時点では軍事的な必要性がない、アメリカにとってマイナスの結果を招くだと言っている。退役した司令官たちは、多くの現役軍人たちに代わって発言していると考えられる。
さらに、共和党の多数派指導者リチャード・アーミー下院議員、ベトナム退役軍人でネブラスカ州選出の共和党チャック・ヘーゲル上院議員がいる。こうしてブッシュの提案する冒険に反対する内部勢力は大きなものとなった。このリストに民主党からは誰も入っていないことに注目したい。イラク侵略についての議論となると民主党は、信じがたいほど、恥ずかしいくらいに臆病になってしまう。
つぎにアメリカの友好国や同盟国からの反対がある。カナダは、侵略を正当化できるような証拠をまだ見ていないと言っている。ドイツは決して軍隊を送るつもりがないと明言した。ロシアはここ数週間、イラク・イラン・北朝鮮の「悪の枢軸」三国と、これ見よがしに会談を開いてきた。
「穏健派」と呼ばれるアラブ諸国、つまりサウジアラビア、ヨルダン、エジプト、バーレーン、カタールは、自国領内をイラク攻撃に使わせないと、われ先に宣言している。イラクに対抗するグループの会議がアメリカで開かれたが、クルド人は出席を拒否した。会議はアメリカ政府の息がかかったものだったからだ。
その上、アメリカはイギリスでもつまずいている。確かに、トニー・ブレアは、アメリカが彼の助けになるようなものを何もくれない(つまり[侵略を正当化する]具体的な証拠をくれない)と愚痴をこぼしながらも、変らずに忠誠を誓っているように見える。しかしイギリスの市民は大半が軍事行動に反対だ。ブレアは、閣内にもロビン・クックをはじめ強い反対勢力があることを知っているから、閣議でこの問題を取り上げようとしない。
なるほどジョージ・ブッシュには信頼できる支持者がいる。イスラエル首相のアリエル・シャロン【1】とトム・ディレイ共和党下院副院内総務、まあそんなところだろうか。
アメリカ政府は批判に何と答えているのか。
ジョージ・ブッシュ自身は、こういう議論を「気が狂っている」とけなした上で、まだ侵略を決定していないと言う。彼の言葉を信じる者はいない。チェイニー副大統領は、たとえ再び査察団を受け入れたとしても【2】、サダム・フセインはやっつけられて当然だと(ブレアでさえ受け入れられないことを)主張している。ラムズフェルド国防長官は、アメリカがなすべきことを決めて実行すれば、他の国々はついて来るだろうという。彼によると、それが指導力というものだそうだ。
つまり、今やジョージ・ブッシュも仲間に引き入れたタカ派から見ると、いくら反対があっても関係ないということだ。どこからも援護射撃がないまま進むほうがむしろ好都合だ。だれもアメリカ政府のすることに楯(たて)つけないし、アメリカに刃向かえば必ず罰を受けると、世界に見せつけてやりたい。サダム・フセインはアメリカを馬鹿にしたから、彼が何をしようと誰が何と言おうとこらしめてやろう。サダムをつぶしてしまえば、どこから見てもアメリカが世界の支配者だとわかる。世界の国々はアメリカに従わざるをえないと思うだろう。そんなふうにタカ派は信じている。
だから、新しくできた国際刑事裁判所に対しても、アメリカは同じ態度をみせる。同裁判所の権限がおよばないように、アメリカ市民だけが特別扱いを受ける保証を求めて、他の国々との二国間合意を推し進めている。頭がおかしくなったとしか思えない行ないだ。ここでもタカ派が考えていることは同じで、アメリカは世界の支配者だから国際法を守らなくていいというわけだ。
当然のことだが、反対する人たち──友人としての反対であって、アルカイダのような反対ではない──が声をそろえて言っているのは、アメリカが自分の足を撃とうとしている、そんなことをすれば、アメリカだけでなく周りのだれもがたいへんな損害を被ることになる、ということだ。予定されている行動は(他国を侵略するのは攻撃であり、攻撃は戦争犯罪だから)国際法違反であるという事実は別にして、まず馬鹿げている。
侵略の結果として何が起こるか。三つの可能性を考えてみよう。
(1)アメリカが迅速かつ簡単に勝ってしまう。人命の損失は最小限に抑えられる。(2)長期にわたる消耗戦の末に勝つ。かなりの人命が失われる。(3)ベトナム戦争のように負け、イラクから撤退する。人命の損失は大きい。
すばやく簡単に勝つことがアメリカ政府の望むところだが、そうはなりそうもない。確率は20分の1だと思う。永い消耗戦のあとに勝つのが一番ありそうなシナリオだ。確率はたぶん3分の2くらいか。本当に負けるとは信じられないだろうが、(ベトナムでもそうだったように)可能性はある。3分の1の確率だろう。
三つのうち、どの結果になるにせよアメリカの国益は損なわれる。たとえばアメリカがすばやく簡単に勝ったとする。全世界が息をのみ、人びとは恐怖にふるえ、人類は希望の光を失うだろう。アメリカが世界に及ぼしている現実の政治的影響力を、これほど急速に低下させるものは他にない。タカ派は、勝利によってアメリカの覇権を取り戻すのだという。しかし実際は、見る影もないほど力が衰える。アメリカは友好国を失い孤立する。従う国もいくつかあるだろうけれど、圧倒的に多くの国々が怒りをつのらせる。
簡単に勝ったとしても、そのあとイラクをどうするのかという問題が残る。トルコやヨルダンに、たぶんサウジアラビアにも、イラクを分裂させることはないと約束したはずだ。だが、その約束を守れるだろうか。そのためにはイラクに植民地総督を駐在させ、少なくとも20万人の兵力を配備して、(1945年から日本でそうしたように)長期にわたって占領状態を維持する必要がある。しかしアメリカにその考えはない。そんなことをすれば[国内の支持を失い]アメリカ政府にとって極めてまずい結果を招くからだ。侵略が終わったあとイラクは、90年代初頭のボスニアのように、内外から抗争をしかける各民族勢力の餌食となるだろう。
イランはどうするのか。イランに友好的になってほしいのか、それとも次はイランを侵略したいのか。今のところアメリカは決めることが出来ない。いずれにしてもイラクが負ければ、イランはおいしいところを全部いただくつもりだ。実のところイランはイラクの分裂を望んでいる。
いわゆる穏健派のアラブ諸国が叫びつづけてきたのは、こういうことだ。「アメリカがイラクを侵略すると、自分たちの政府が[民衆の抵抗に]脅かされる。もう終わりかもしれない。それがまず心配だ。それから、イスラエル・パレスチナ問題がある。この抗争の解決は今でさえ極めて難しいのに、それがほぼ不可能になる」。これはあまりにももっともな意見なので、アメリカ政府が信じないのが不思議に思えるほどだ。イラクを侵略すれば、イスラエルとパレスチナ双方のタカ派が勢力を強める。たとえだれが何を提案しようとも、彼らは交渉に応じなくなるだろう。
つぎに、二番目にあげた最も高い可能性を考えてみよう。ずるずるといつまでもつづく流血の戦争である。激情にかられやすいタカ派が夢に見るように、イラクが「爆撃で石器時代にもどる」ことは十分にありえる。ことによると「核攻撃で石器時代にもどる」かもしれない【3】。その際イラクは、保有している凶悪な[生物・化学]兵器を何であれ使用するだろう。そういう兵器は、アメリカのプロパガンダが主張しているほど数多くあるわけでもなく、破壊力も限られているだろう。しかし、数が少なくても強力ではなくても、その兵器を使用すると、中東全域(もちろんまず第一にイスラエル)に膨大な数の死傷者がでる可能性がある。兵士の遺体が数多くアメリカに送り返されてくれば、国内で一般市民の抗議運動が見る間にひろがることになる。
戦争は世界の石油供給を乱すだけでなく、その経済的な負担はアメリカが世界経済に占める地位を傷つける。ベトナム戦争の時と同じように、長期的な損害をアメリカは受けるだろう。もし核兵器を使い、広島と長崎で犯した罪に新たな罪を重ねるなら、アメリカは倫理的にその責めを負わなければならない。世界の世論が静まるのに50年はかかるだろう。そんな具合で、最終的にアメリカが勝ったとしても、次にどうするかという同じ問題が残る。[長期の占領は]さらにやる気がでないだろう。
三番目の可能性は敗北である。これは本当に考えるだけでも恐ろしい。未来の世代はどう判断するだろうか。ワシントンで政治に関わるすべての人びとが最初に非難されるだろう。イラク侵略が深刻な結果を招くとは誰も思っていなかった。敗北の可能性があると考えるのを[無意識のうちに]避けていた。精神分析ではこれを否認とよぶ。
さて、オサマ・ビンラディンにこれ以上の願い事があるだろうか。
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "George W. Bush, Principal Agent of Osama bin Laden," Commentary No. 96 (September 1, 2002). http://fbc.binghamton.edu/96en.htm
【1】シャロン首相はイラク侵略だけでなく、戦争の拡大を歓迎している。イスラエルは、イラクが壊滅した「次の日に」イランを侵略すると、11月になって初めて公言した。
【2】9月16日、イラクは査察団を無条件に受け入れることを表明。12月7日、12000頁の申告書を国連に提出した。
【3】12月10日、ブッシュ政権は「大量破壊兵器に立ち向かうための国家戦略」という文書を公表、11日に米議会に提出した。文書は、敵対する国家やテロ組織に核・化学・生物兵器で攻撃された場合に、アメリカは核兵器を含む「圧倒的な武力で」報復するという戦略を述べる。敵対勢力が大量破壊兵器による攻撃をしかける疑いがあるとき、さらには同兵器を入手しようとしたときにも、アメリカは核による先制攻撃をする権利を持つと宣言している。ホワイトハウスのサイトから同文書(PDF形式)をダウンロードできる。 http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/12/WMDStrategy.pdf ("National Strategy to Combat Weapon of Mass Destruction.")
著作権(2002年)原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。
( )は原文の挿入語句。
[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。
訳/安濃一樹・別処珠樹
ヤパーナ社会フォーラム
評論 第86回 2002年4月1日
イラク侵攻
いかに大国は自滅するか
ジオポリティクス【1】からするとジョージ・ブッシュは無能である。タカ派が誘導するままにイラク侵攻に賭けて、もはや抜き差しならなくしてしまった。イラクに侵攻すれば、米国にとってもどこの国にとっても悪い結果だけが残る。無理をすると彼は政治的に手ひどい傷を負うことになる。命取りになるかもしれない。米国はすでに衰退しつつある世界への影響力をいっきに失うことだろう。イスラエルのタカ派をやけっぱちの狂気に追いこんで、イスラエル国家を破滅させる。彼の果たす役割は劇的だ。
もちろん、悲劇の結末を見て喜ぶ人が世界には数多くいるかもしれない。 しかし問題は、ひきつづいて彼が戦争をやろうとしていることである。多くの人命を即座に奪い、アラブ = イスラム世界にこれまで想像もできなかった争乱を引き起こし、おそらく核兵器の使用を解禁することになる【2】。いったん解禁されると、再びそれを不法として封印するのは難しい。このように悲惨な cul-de-sac(袋小路)に、どうして私たちは迷い込んでしまったのか。
米軍がイラクにたいして行動を始めるのは、もはや可能性の問題ではなく時間の問題だと思われる。なぜこんなことになったのか。米国政府の報道官にこれを尋ねたら、イラクが国連の決議を無視して世界中に差し迫った脅威を与えているし、特に米国が脅かされているからだと答えるだろう。予定の軍事行動をこのように説明されても、根拠がきわめて薄弱だから、まともには受けとれない【3】。
国連決議や国際機関の指令を無視した例はこの50年間に掃いて捨てるほどある。国際司法裁判所がニカラグア事件で有罪をいい渡したのに米国が拒絶した例など、いまさら指摘する必要もないだろう【4】。米国の国益を損なうと思えば、ブッシュ大統領はどんな条約も尊重する気がないのは明らかである【5】。
誰もが知るように、イスラエルは国連決議を30年以上も無視してきた。私がこの評論を書いている間も無視し続けている。他の国連加盟国の行ないもほめられたものではない。そう、確かにサダム・フセインは国連決議の明白な要求を無視してきた。それが目新しいことだろうか? サダム・フセインがどこかの国に切迫した脅威をあたえているのか?
1990年8月、イラクはクウェートに侵攻した。少なくともあの行動は差し迫った脅威だった。その結果がいわゆるペルシャ湾岸戦争である。あの戦争で米国は、イラクをクウェートから追い出したところで攻撃を止めた。サダム・フセインはイラクで今も実権を握っている。国連はイラクに対し、核兵器・化学兵器・生物兵器を破棄するよう求める決議をいくつも出し、これを確認するため査察団を受け入れるよう命じた。また国連はさまざまな方法で輸出入を制限した。周知のとおり、あれから10年で現実の情勢が変わり、国連決議がイラクに課した制裁体制は、すべてではないにしてもかなり弱くなっている。
2002年3月28日、イラクとクウェートは合意に達し、イラクがクウェートの統治権を尊重するという文書に調印した。クウェートのサバ・アルアーマド・アルサバ外相が、わが国は「100%満足している」と述べた。合意内容の一字一句に満足しているのかと記者に質問されて、「あれは私が書いた」と語っている。ところが米国の報道官はこれを疑う声明を発表した。クウェートが 「満足した」 だけでは、米国を思いとどまらせることにならないらしい。クウェートはイラク攻撃に加わるのだろうか?
以前の時事評論で指摘したように【6】、武力の行使、それもきわめつきの大規模な武力行使だけが、世界システムにおける揺るぎないヘゲモニーを回復する道だと米国のタカ派は信じている。圧倒的な武力を使えばヘゲモニーが確立できるのは確かだ。1945年がそうだった。米国は武力でヘゲモニー国になった。しかしヘゲモニー国が衰退期に入ると、そうした武力行使は強さではなく弱さのあかしとなり、自国をさらに弱体化させるだけだ。米国のイラク侵攻を支持する国が今はどこにもない。アラブの国家はどこも支持しないし、トルコ・イラン・パキスタンも同じだ。ヨーロッパでも支持する国はない。
注目に値する例外がたしかに一つある。イギリスだ。というよりトニー・ブレアである。ただしブレアは自国で問題を二つ抱えている。一つは労働党内に反対勢力が生まれたこと。もう一つさらに重要なのは、3月17日の英オブザーバー紙が報道した次の事実である。
──イギリス軍の上層部が昨夜トニー・ブレアに厳しい警告を出した。「対イラク戦争は必ず失敗し、軍に多くの死者が出ても政治的に獲得するものがほとんどない」と。
米軍上層部がブッシュ大統領に報告するときは、これほどあからさまには言わないだろう。しかし彼らがイギリスと違う情勢分析をしているとは思えない。クリントン政権の安全保障委員会でイラク担当官を務めたケネス・ポラックによると、サウジアラビアかクウェートの基地から20〜30万人規模の軍隊を送りこむ必要があり、イラク北部のクルド人【7】を守るには、さらに派兵しなければならない。このためトルコの基地から陸路を使うか、他の基地からトルコ上空を通過して軍隊が送られるだろう。
米国は、「同盟諸国」 を脅して参戦させられると当てにしているらしい。シャロンがラマラを占領した後では、サウジアラビアの基地(ばかりでなくクウェートの基地まで)が使えるという淡い期待は消えてしまったようだ。トルコはイラク国内のクルド人を守ろうと決して思わない。自国のクルド人対策に全力を注いでいるからだ【8】。イラクのクルド人勢力を支援すれば、トルコ国内でクルド人運動の増長を招くおそれがある。イスラエルに関していうと、シャロンはできるだけ早くヨルダン川西岸とガザ地区を再占領し、パレスチナ政府をつぶしてしまうつもりのようだ。ブッシュはこれを99%支持している。
こうした見方が正しければ、イラク侵略戦争に勝つのは不可能でないにしても非常にむずかしい。兵士(特に米兵)に死傷者が増えて、結局は米国軍が事実上の敗退を余儀なくされるだろう。第二のベトナム戦争である。ブッシュ政権はだれもこれに気がついていないのか? 少数はいるだろう。だが彼らは無視されている。なぜか? ブッシュが自縄自縛に陥っているからだ。イラク侵攻を進めれば、ブッシュはリンドン・ジョンソンのように自分から辞めることになるだろう。あるいはリチャード・ニクソンのように恥をかくことになるかも知れない。
そうなれば、米国の失敗にヨーロッパは勇気づいて、単なる大西洋の向こう側の勢力ではなく、[米国に対抗しうる]真のヨーロッパになってしまう。
ではなぜ戦争をはじめるのか? ブッシュが米国民に「対テロ戦争」を提唱し、「絶対に勝つ」と約束したからである。
いままでにブッシュがやったのはタリバンをつぶすことだけで、ビンラディンを捕えることはできていない。パキスタンは当てにならないし、サウジアラビアは逃げ腰である。ここでイラクに侵攻しなければ、一番だいじにしている自国有権者の目には愚かに映るだろう。まわりで内政の助言をしている人たちが、彼にそうほのめかしている。信じられないほど高いブッシュの支持率は、「戦時の大統領」であるブッシュに与えられたものである。平和時の大統領になった途端、きわめて厄介なことになる。戦争の約束をほごにしたりすれば大変だ。
だから彼には選択の余地がない。ブッシュはイラクに侵攻する。世界中がそれに巻きこまれ、苦難に耐える運命にある。
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "Iraq: How Great Powers Bring Themselves Down," Commentary No. 86 (April 1, 2003). http://fbc.binghamton.edu/86en.htm
【1】山下範久(歴史社会学)によると、ジオポリティクスという言葉は、通常は地政学と訳され、特定の地理的な空間を条件として展開するパワーゲームに注目する政治分析を指すが、世界システム論においては、資本主義世界経済というひとつの空間的な実体を条件として、そのなかで展開する大国間の政治的・軍事的抗争のダイナミズムを指す。
【2】2002年1月に米国防省が議会に提出した「核戦略見直し報告」の一部が漏洩し、「予期しない軍事上の情勢変化」があれば核兵器を使用すると報告していることがわかった。これは抑止力としての戦略核から先制攻撃にも使える戦術核への転換であり、通常兵器と核兵器の境界線をあいまいにするものだと批判が高まっている。
【3】国連のロルフ・イキアス議長(イラク武器査察廃棄委員会)によると、湾岸戦争以来、「イラクの主要兵器の93%は破壊・廃棄」されたという。国連安全保障理事会の特別委員会は、1999年、イラクの主な生物兵器製造施設は「破壊された」と確認。国際核エネルギー機関(IAEA)は、イラクの核兵器製造プログラムは「効率よく実質的に」廃絶された、と報告している。
【4】1984年、ニカラグア政府は、米国がコントラ(反革命軍)を組織し、訓練指導や資金・武器を提供して軍事行動を行なっていると国際司法裁判所に提訴。86年、同裁判所はニカラグア政府の主張を大筋で認め、国際法に違反する「内政干渉」および 「武力の行使」で、米国敗訴の判決を下した。
【5】2001年5月、新型炭疸菌の開発を進めていたブッシュ政権は生物兵器禁止条約(BWC)の検証議定書案を支持しない意向を固めた。同年11月、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効促進会議をボイコット。12月には、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から、ロシアの合意をえられないまま、一方的に離脱した。
【6】評論・第79回「舞い降りた鷹は獲物をつかむか?」
【7】トルコ・イラク・イラン・シリアの国境が接する山岳地帯 「クルディスタン」 に2000万〜3000万人のクルド人が住む。世界最大の国家なき民族といわれ、イラク北部に拠点をおいて独立運動をすすめている。
【8】近代トルコ建国以来、国内の少数民族クルド人に対する迫害がつづいている。1984年、トルコ政府は東南部のクルド人勢力に全面攻撃を開始し、死者は3万7000人を超えた。84年から99年までにトルコ政府が輸入した武器の総額は105億米ドル(1兆4000億円)。その77%は米国の助成金で賄われた。
著作権(2002年)
原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。
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[ ]は訳文の補助語句。
【 】は訳者による注釈。
訳/安濃一樹・別処珠樹
ヤパーナ社会フォーラム
評論 第回 2001年9月15日
2001年9月11日──なぜ?
2001年9月11日、世界中が人間の悲劇そして壮大なドラマをみた。万人の目が、そこに釘付けとなった。その日の早朝、合衆国において、民間機4機がハイジャックされた。ハイジャック犯は、一機につき4〜5人程度であった。彼らはナイフで武装し、うち少なくとも一人は航空機の操縦の能力を持っていた(少なくとも、いったんは飛行していた)。彼らは、飛行機をのっとり、パイロットを排除し(ないしは殺害し)、飛行機を自爆テロへと向かわせた。4機のうち3機は、目標に命中した。すなわちニューヨーク市のワールド・トレード・センター(世界貿易センタービル)の二つのタワーとワシントンのペンタゴン(国防総省)である。
ハイジャック犯は、搭載されていた[ほぼ満量の]燃料と、どのあたりの高度で建物に突撃するべきかについての技術的知識との双方を手にしていたために、二つのタワーを完全に破壊し、ペンタゴンに大きな穴をうがつことに成功した。現時点で、死者は5000人を、おそらく超えると思われ(正確な数字は誰にもわからない)、さらに多くの人々が、負傷し、精神的外傷を負った。合衆国の航空ネットワークと金融機関は、少なくとも事件のあった週の間、ほぼ完全に停止し、莫大な短期的および中期的な経済的損失が生じた。
この攻撃について最初に指摘されることは、その大胆さと驚くべき成功である。数人の人間が、イデオロギーおよび殉教者になる意志によってたがいに結び合わされ、世界のあらゆる諜報組織の羨望の的になること必至の秘密作戦に従ったのである。彼らは、合衆国への入国を手にし、ナイフを持ったまま4機の飛行機に搭乗しおおせた。その4機は、三つの飛行場からほぼ同時に離陸し、しかもそのすべてが大陸横断路線のもので、したがって大量の燃料を搭載していた。彼らは飛行機をのっとり、うち3機を目標に突撃させることに成功した。CIAもFBIも米国の軍事情報組織も、そのほかの何者も、事前にこのことに気づくこともなく、彼らをとめるために、なにもなしえなかったのである。
結果は、いわゆるテロ攻撃の歴史の中で、もっとも破壊的なものとなった。これまで、テロによる死者といえば、400人程度を超えたことはない。あちこちで引き合いに出されている真珠湾攻撃でさえ──その攻撃は国家の軍隊が行ったものである──死者は、ずっと少数であった。さらに、これは、南北戦争(1861ー1865年)以来で初めて、戦争が合衆国本土内で起こったものである。合衆国は、それから多くの大きな戦争──米西戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争──を行ってきたが(さらに「小さい」戦争も多く行ってきたことはいうまでもない)、そのいずれにおいても、実際の戦闘は、本土の外で行われていた。戦争がニューヨークやワシントンの市街地で起こったという事実は、アメリカ国民にとって、この事件の最大のショックとなった。
さて、大きな問題は「なぜか」ということである。ほとんどすべてのひとが、このテロ攻撃の主犯はウサマ・ビン・ラーディンだと言っている。それは仮定ではあるが、説得力はある。ビン・ラーディン自身が、そのような行為を実行する意図があると以前に宣言しており、おそらく近い将来に、合衆国当局は、この仮定に中身を与えるようななんらかの証拠を提出してくるだろう。とりあえず、この仮定が正しいとしよう。ビン・ラーディンは、このような劇的な仕方で合衆国を攻撃することで、いったい何をなしとげたかったのだろうか。これが、世界中、特に中東でアメリカがなした不正であるとビン・ラーディン(およびその他の人々)が考えていることに対する怒りと復讐の表現であるとみなすことは、まあできよう。[それはそれとして]そのような行為で、彼は合衆国政府に、その政策の変更を説得できるとおもっていたのだろうか。これでそんな反応がえられると考えるほど、ビン・ラーディンは単純素朴な人間だとは、私にはとうてい思えない。ブッシュ大統領は、この攻撃を「戦争行為」だとみなすと言っている。あるいは、ビン・ラーディンも──彼が犯人だとしての話だが──同様に考えているかもしれない。戦争というものは、敵に態度を変更するように説得するために行うものではない。それは敵に態度の変更を強制するものである。
では、ビン・ラーディンになったつもりで推論してみよう。彼は、この攻撃によって、何を示したのであろうか。最も明白なこととして、彼は、合衆国──唯一の超大国にして、世界で最も強力かつ先進の軍事的装備を有する国家──が、この攻撃から、その市民を守ることができなかったということを示した。明らかに、ビン・ラーディンがなそうとしたのは──繰り返すが、彼が実際にこの攻撃の背後の勢力であると仮定しての話である──合衆国が張子の虎だということを示すことである。そして、彼はそのことを、まず第一にアメリカ国民に対して、ついで世界のその他のすべての人々に対して示そうとしたのである。
いまやこのことは、ビン・ラーディンにとってと同様に、合衆国政府にとっても明白なこととなった。さればこその反応である。ブッシュ大統領は、力をもって対応すると言っている。民主・共和両党の有力政治家たちはそろって、ためらいもなく、大統領に対して愛国的な同意を与えている。しかしここで、合衆国政府の視点から推論してみよう。なにがなしうるのか、ということである。
最も容易なのは、テロ攻撃に対する非難および将来の反撃の正当化に対して、外交的支援をとりつけることである。これはまさに、パウエル国務長官が自分のすることとして述べている通りのことであり、そしてそれは実をむすびつつある。NATO(北大西洋条約機構)は、条約第五条にしたがって、合衆国に対する攻撃(今回はそれにあたるとみなされている)は、合衆国からの要請があれば、全加盟国に、その攻撃に対する反撃への軍事的支援の義務を課すものであるとの声明を出している。世界のすべての国の政府──アフガニスタンや北朝鮮も含めて──が、テロ攻撃を非難している。唯一の例外はイラクである。アラブおよびムスリム諸国における大衆の世論は、合衆国をそれほど支持するものではない。しかし合衆国はそれを無視するだろう。
合衆国が外交的支援を得る──おそらくいずれ国連決議も手に入れるだろう──という事実は、ビン・ラーディンの立場からすれば、たいして恐ろしいことではない。またアメリカ国民にとっても、外交的支援などは、たいしたたしにはならないように思われるだろう。彼らの要求はさらに大きくなるだろう。そして、「さらに」といえば、それはほとんど不可避的に、なんらかの軍事的行動ということになろう。しかし、それはどのようなものなのだろうか。合衆国空軍は、誰を爆撃すればよいのだろうか。ビン・ラーディンには、攻撃の手が直接届かないとすると、さらなる証拠のあがりかたによるが、可能な標的はふたつしかない。アフガニスタンおよび/あるいはイラクである。それで、どの程度のダメージが与えられるのだろうか。すでに半ば破壊されているアフガニスタンでは、攻撃はほとんど意味がないように思われる。また合衆国は、多くの理由から──人命の損失をのぞまなかったということも含めて──これまで、イラクへの空爆は控えてきた。合衆国は、なにかしらの爆撃はするかもしれない。それでアメリカ国民に対して、そして世界のその他の人々に対して、合衆国は敵に回すには恐ろしすぎるということを納得させることができるだろうか。私には、できないのではないかと思われる。
事態の実際のところはいえば、合衆国になしうることなど、たいしてありはしないのである。CIAは、何年間も、カストロを暗殺しようと試みてきたが、彼はまだ生きている。合衆国は、ビン・ラーディンをここ数年探し求めてきたが、彼は依然としてその手にはおちていない。いずれ合衆国の諜報部員たちが、彼を殺害することはあるかもしれない。そうなれば、この一件に限っては、事態の進行はペースを落とすかもしれない。また多くの人々には、大きな満足をもたらすこともあろう。しかし、問題はまったくそのまま残ることになろう。
明らかに、なすべきことはといえば、ただ、なにがしか政治的なことだけである。しかし、何をなすべきなのか。この点にいたって、合衆国内の(あるいは、さらに広く汎西洋世界の)あらゆる合意は霧消してしまう。タカ派は、これがシャロン(およびイスラエルの現政権)の正しさの証明だと言っている。「あいつら」はみなテロリストだ。それに対処するには、厳しい報復攻撃もってするしかないというわけである。しかしこれまで、そのやり方は、シャロンにとってあまりうまくいったとはいえない。ならば、どうしてジョージ・W・ブッシュの場合には、もっとうまくいくということになるのだろうか。そしてブッシュは、アメリカ国民にその対価を支払わせることができるのだろうか。そのようなタカ派的なやり方は、安上がりにはすまない。他方でハト派も、この事態が「交渉」でなんとかなると示してみせるのは困難だと感じている。「交渉」といって、いったい誰と交渉するのか。そして、なにを目指して交渉するというのか。
おそらく何が起こっているのかと言えば、この「戦争」──今週の新聞ではそう呼ばれている──は、勝利も敗北もありえないということだろう。それは単に終わらないということだ。個々人の安全の崩壊は、アメリカ国民にとって初めての衝撃であるかもしれないが、それはいまや現実となった。それは、世界の他の多くの地域において、すでに現実だったものである。このようなカオス的な世界システムの揺らぎの背後にある政治的争点は、文明か野蛮かというものではない。あるいは、少なくともわれわれが認識しなければならないのは、いずれの側も自分たちのほうが文明的であり、相手のほうが野蛮であると考えているということである。現状の背後にある争点は、われわれの世界システムの危機であり、それにかわるどのような世界システムの構築を望むのかということをめぐる闘いなのである。これは、その闘いがアメリカ人対アフガン人の間の抗争であるということでもなければ、アメリカ人対ムスリムの抗争ということでも、その他なんでもない。それは、どのような世界の構築を望むのかについての異なるヴィジョンの間の闘争なのである。2001年9月11日は、多くの人々の声に反して、すぐに、長い闘争のなかのマイナーなひとつのエピソードになってしまうように思われる。その闘争は、長期にわたって続き、この星に生きる大半の人々にとっての暗い時代となるであろう。
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "September 11, 2001 - Why?" Commentary No. 72 (Sept. 15, 2001). http://fbc.binghamton.edu/72en.htm
著作権(2001年)
原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。
翻訳/山下範久
編集/安濃一樹
評論 第73回 2001年9月20日 号外
注意! アメリカは勝ってしまうかもしれない
「もし[ビン・ラーディンが]アメリカおよび同盟国から逃げ隠れできると考えているとしたら、彼はひどいまちがいを犯している…。われわれは勝つ」(ジョージ・W・ブッシュ)。農夫の古い訓言にこういうものがある。「願いごとには気をつけろ。手に入ってしまうかもしれないから」。私は、アメリカがアフガニスタンを空爆するのは、ほぼ疑いないだろうと思う。恐らく、タリバーンは放逐され、ビン・ラーディンが殺害されることもありえるだろう。「アメリカは勝つ」かもしれない。で、それからどうなるだろうか。
合衆国は、かつて一度アフガニスタンで勝利を手にしたことがある。1980年代のアフガニスタン政府は共産党であった。合衆国は、タリバーンそしてビン・ラーディンを引き込んだ。彼らの組織は、CIAの訓練をうけたアフガニスタンでの反共闘争あがりの兵士たちに基礎をおいて構築された。
当時、ブルガリアやラオスにも共産党政権はあった。合衆国は、それらの共産党政権を転覆させようとはしなかった。今日、ブルガリアは、ポスト共産党政権下にあり、かつての国王の息子が首相になっている。アフガニスタンでも、ありえなかったシナリオではない。今日、ラオスは、依然として共産党政権下にある大変貧しい国であるが、世界経済にいれてもらおうと苦しい歩みを進めている。誰の目にも脅威でもなんでもない。合衆国からみてもそうである。これもアフガニスタンで、ありえなかったシナリオではない。しかし、アフガニスタンでは、アメリカは勝ちにこだわった。
合衆国は今回、どうやって勝つつもりなのだろうか。合衆国の軍事力と他国からの支援の組合せで、ということだろう。合衆国はすでに、全中東諸国およびムスリム世界が、どちら側につくのかを選び、合衆国を無条件で支持するように強く求めるという声明を出している。みたところ、パキスタンはすでにそうすることに同意しているようだ。同地域における合衆国の政策の基礎は、イスラエルをほぼ無条件で支持することにある。しかし、イスラム世界における合衆国の力となっているツイン・タワー両塔、すなわちサウジ・アラビアとパキスタンを支持することも、同様にその基礎をなしている。
サウジ・アラビアとパキスタンは、それぞれ異なる政策を持ち、異なる位置にあり、異なる歴史を有している。しかし、両国は二つ、共通の特徴を持っている。その地域全体における強国として影響力を持っており、過去数十年間にわたって、合衆国の利益に極めてよく奉仕してきたということ、そして両国の体制が、親西欧的で近代化を信奉しているエリートおよび極めて保守的で大衆に基盤を有しているイスラム主流派権力からの支持の複合体に立脚しているということである。この体制が安定性を維持してきたのは、そのような権力の複合を巧みにさばく力によるものである。そして、そのような巧みな操作が可能であったのは、その政策と大衆に対する態度表明が曖昧であったからにほかならない。
今や合衆国は曖昧はゆるさないと言っている。合衆国は勝つかもしれない。おそらくそうだ。しかし、その過程で、サウジ・アラビアとパキスタンの体制を支える大衆的基盤は失われ、修復不可能になってしまうかもしれない。両国は、まさにニューヨークのツイン・タワーのように崩壊してしまうかもしれないのである。そしてもしそれが現実となったら、やはりツイン・タワーと同様に、より小規模な周辺の構築物を破壊し、さらに広くその基礎を弱体化させてしまうことになるだろう。そのとき合衆国は、アサドやカダフィ、アラファトたちが、いやサダム・フセインでさえも、もはや政権の座にいないことを後悔することになるかもしれない。彼らの後継者たちは、反アメリカ主義という点では、はるかに過激になるだろう。なぜならその後継者たちは、上の面々とはちがって、もはや近代主義的な諸価値を合衆国と共有してはいないからである。
これがビン・ラーディンの意図であったという可能性を考えられたい。彼自身の自殺攻撃は、合衆国をこのようなワナに導くことであったかもしれない、と。
イマニュエル・ウォーラーステイン
Immanuel Wallerstein, "Beware! The United States Might Prevail," Commentary No. 73 (Sept. 20, 2001). http://fbc.binghamton.edu/73en.htm
著作権(2001年)
原文に関するすべての権利はイマニュエル・ウォーラーステインが留保する。
翻訳/山下範久
編集/安濃一樹
田中宇の国際ニュース解説より
アメリカにつぶされるイスラエル
2006年8月8日 田中 宇
中間選挙を3カ月後に控えたアメリカの政界で、米軍をイラクから早期に撤退させようとする気運が再び盛り上がっている。イラクは内戦がひどくなるばかりで、米軍が駐留していること自体が内戦を悪化させる要因となっているので、これ以上駐留を続けるのはマイナスだ、というのが撤退要求派の主張の主なものである。
与党の共和党では、大物の上院議員であるチャック・ヘーゲルが「6カ月以内に米軍の撤退を開始すべきだ」と主張し始めた。野党の民主党は、これまで撤退要求派と撤退慎重派が入り交じっていたが、最近党内の主な議員が撤退要求の方向で結束するに至った。民主党は、ラムズフェルド国防長官を辞任させ、イラク撤退を実現しようとしている。(関連記事その1、その2)
ラムズフェルドは早期撤退を強く拒否しているが、国防総省内でも制服組の首脳たちは、議会の撤退要求に迎合するかのような動きをする者が出てきた。制服組の最高位であるペース統合参謀本部長と、中東担当のアビザイド司令官は8月5日、議会上院で「イラクは内戦に近づいているという懸念がある」などと証言した。(関連記事)
この発言を受けて、与野党内からは「われわれはイラクを民主化するために派兵したのであって、イラク人の内戦につき合うために派兵したのではない」「内戦で新生イラク政府が機能しなくなったら、もはやイラクを民主化することは不可能になるので、米軍が駐留し続ける意味がなくなる」といった意見が出始めている。(関連記事)
(私は「イラクが内戦に陥っている」という報道には誇張があると感じている。イラク人は皆、自分たちの内部の派閥の利害対立より、アメリカの占領の方がはるかに大問題だと知っており、内輪の殺し合いをしたくなるような状況にない。「内戦」という概念は「撤退」などアメリカの他の目的を正当化するために誇張されているのではないかと思う)(関連記事)
撤退に向けた条件づくりは、米政府内でも始まっている。米政府の諜報機関の最高責任者であるネグロポンテ国家情報長官は8月4日、イラクでのアルカイダなど国外系テロ組織の活動が後退し、テロの危険性が減っているという方向性の、新しい分析報告書をまとめることを示唆した。今年6月、アルカイダの在イラクの指導者とされていたザルカウィが死んだことが、イラクでのテロ活動の沈静化を招いているという説明がなされている。(関連記事)
ザルカウィについては、生前から「大した活動をしていないのでなはいか」「実はすでに死んでいるのではないか」「米政府がイラク占領の理由をテロ戦争と結びつけるために、ザルカウィの脅威が誇張またはねつ造されているのではないか」といった疑いが持たれていた。そのため「ザルカウィが死んだからイラクでのアルカイダのテロ活動が沈静化した」という説明は「これで、米軍をイラクから撤退させられる」という結論を出すための「作られた理由」だという感じがする。
イラク南部のバスラに駐留するイギリス軍も、来年早々に、バスラの治安維持の権限を地元のイラク人治安部隊に委譲することを発表しており、アメリカだけでなくイギリスもイラクから撤退できるメドをつけようとしている観がある。(関連記事)
▼米軍のイラク撤退で取り残されるイスラエル
米政界では、これまでにもイラクからの撤退気運が高まったことが何度かあり、今回の動きがそのまま早期撤退につながるとは限らない。しかし、もし実際に早期撤退が行われた場合、それは、中東全体を敵に回してレバノンでの長い戦争に入ろうとしているイスラエルにとって、梯子を外されるに等しい、国家存続が危ぶまれる大打撃となる。(関連記事)
米軍がイラクから撤退したらどうなるか、最も的確に予測していると思われる人物は、撤退に反対するラムズフェルド国防長官である。彼は米議会で「イラクから撤退するのが早すぎると、それは中東全域の反米過激派に力を与えてしまう結果となり、アメリカはイラクからだけでなく、中東全体から撤退せざるを得なくなる」と述べた。(関連記事)
米軍が占領の「成功」を宣言できないままイラクから撤退すると、中東の人々は、それをアメリカの「敗北」と、反米イスラム過激派の「勝利」とみなし、過激派に対する支持が急増し、親米派への支持が失われ、親米派が政権についているヨルダンやエジプトなどで政権転覆が起こる可能性が増す。最悪の場合、中東の大半の国の政府が反米的な傾向を持つようになり、アメリカは中東全域で歓迎されなくなり、中東からの全撤退を余儀なくされる。イラク占領が泥沼化して以来、すでに中東の親米国の中には、アメリカのやり方を批判する動きが出ており、それがさらに悪化することになる。
アメリカが中東から撤退したら、イスラエルはまわりを敵に囲まれた状態で、唯一の後ろ盾を失い、取り残されることになる。7月12日にレバノンを攻撃し始めて以来、イスラエルに対する中東全域の人々の憎しみは日に日に強まっている。すでにイスラエルは、今回の戦争で悪化した中東のイスラム諸国との関係を元に戻すことはほぼ不可能な状態で、戦争が長期化するほど、イスラム側との関係修復は無理になる。イスラエルの唯一の頼みの綱は、イスラム側に対するアメリカの軍事的、外交的な圧力を抑止力とすることだが、もし今後アメリカのイラク撤退がなし崩し的に行われた場合、イスラエルはアメリカに頼れなくなる。
そのころには、イスラム諸国側では過激派が強まり、イスラエルの滅亡を国家目標に掲げる民兵組織も強くなっているだろうから、彼らが弱体化したイスラエルを潰す戦争を仕掛けてくる可能性が高い。今のレバノン戦争が拡大し、中東諸国対イスラエルの「最終戦争」に発展するかもしれない。イスラエルは、400発持っているといわれる核ミサイルを、イスラム諸国の首都などに撃ち込むかもしれない。まさに「ハルマゲドン」的な展開になってしまう。
▼アメリカの政治家は本当は反イスラエル?
アメリカの政治家の中には、共和党にも民主党にも「イスラエル支持」を叫びながら、その一方で米軍のイラク撤退をブッシュに要求している人が多い。民主党から次期大統領を狙うヒラリー・クリントンなどが好例である。ここで私が勘ぐっているのは、アメリカの政界やホワイトハウスには、実はイスラエルを潰したいと考えている人が多いのではないかということである。
イスラエル系ロビー団体の政治力が非常に強い米政界では、イスラエル支持を表明しない政治家は生きづらい。それで、みんな表向きはイスラエル支持を表明している。だが、腹の中ではイスラエルに牛耳られていることに怒りや屈辱を感じており、いつかイスラエルを潰してやるとひそかに思っている政治家が多くても不思議ではない。
そういった「隠れ反イスラエル派」は、今回のイスラエルのレバノン侵攻を見て「これでイスラエルは自滅する」と喜んでいるのではないか。彼らは「停戦反対」「イスラエルに、思う存分戦わせてあげるべきだ」と言っているが、それは実はイスラエルのためを思っているのではなく、イスラエル滅亡させる戦争を誘発したいのではないかと勘ぐれる。イスラエルがなくなれば、アメリカの政界は、異常な従来の状況から脱することができる。
イスラエル側では、オルメルト首相らの現実派は、できるだけ早く国際軍にレバノン南部に駐留してほしいと考え「駐留するのは国連軍ではなく(アメリカの影響力がより大きい)NATO軍でなければダメ」と言っていた従来の姿勢を改め「国連軍でも良い」と譲歩し始めた。イスラエル軍は、明らかに苦戦している。それなのにアメリカは、レバノン政府が受け入れられない「停戦案」を国連に出したりして、停戦がなかなか実現しない状況を作り出している。
停戦案は「完全な停戦を求める」と宣言しているが、その後の文章で「具体的には、ヒズボラがすべての攻撃(attacks)を即時停止するとともに、イスラエルはすべての攻撃的な(offensive)軍事行動を即時停止することを求める」と宣言している。この文章は、双方に対して同等な「攻撃」の即時停止を求めているように見えて、実は全く違う。(関連記事)
イスラエルは、今回の戦争開始時から一貫して、自分たちの軍事行動は、ヒズボラの攻撃に対抗するための「防衛的」(defensive)なものであり「攻撃的」(offensive)なものではないと宣言し続けている。国連の停戦案は、イスラエルが行っていない「攻撃的」な軍事行動だけを禁じ、実際に行ってきた「防衛的」な軍事行動を禁止していないので、イスラエルは今後もレバノンで多数の一般市民を殺害する軍事行動をずっと続けられることになる。(関連記事)
▼神殿の丘に登り、イスラム側を怒らせたい
米政界には、イスラエルがアラブ側と戦って負けることをひそかに望んでいる人々がいるのではないかと書いたが、アラブ側に対して無謀な喧嘩を売っている勢力の主体は、アメリカ人ではなくイスラエル人自身である。
ここ数日、イスラエルの右派勢力は、エルサレム「神殿の丘」に登壇する動きを準備している。神殿の丘は、上部が「アルアクサ・モスク」になっていてイスラム教の大聖地であり、丘の斜面にあたる壁がユダヤ教の大聖地の「嘆きの壁」であるという区分がある。ユダヤ教徒は、モスクがある丘の上には立ち入りを自粛しているが、イスラエルの右派は、あえて丘の上部に登壇することで、イスラム教徒を挑発して敵対を扇動する作戦をとろうとしている。(関連記事)
これは、2000年に、首相になる前のシャロン前首相が行った行為でもある。シャロンの神殿の丘登壇によって、それまでイスラエルとパレスチナの間にあった和解の可能性はすべて吹き飛び、イスラエルの政界は右派が強くなり、シャロンはその後の選挙で現実派を破り、首相になった。
今回、イスラエル右派が神殿の丘に登壇しようとするのは、アラブ側の反イスラエル感情を煽ってレバノンでの停戦を難しくして戦争の拡大を図るとともに、オルメルト首相ら現実派がやりたがっている占領地からの撤退計画を不可逆的に潰すのが目的だろう。オルメルトは8月3日、西岸からの撤退計画を続けると宣言したが、右派や自党内からも猛反発され、黙らざるを得なくなった。(関連記事)
▼戦闘機に間違った標的を教える
イスラエル軍内の右派は、戦闘機のパイロットに間違った標的を教え、レバノンで一般市民の犠牲者を増やし、アラブ側の怒りを扇動しているふしもある。英オブザーバー紙によると、イスラエル空軍のパイロットの中には、空爆を命じられる標的が、接近してみるとどう見てもヒズボラの施設ではなく、明らかに一般市民の住んでいる住宅である場合が多いため、標的設定が間違っているのではないかと疑い、わざと標的を少し外れるようにミサイルを発射し、市民を殺さないようにしている者がいるという。(関連記事)
イスラエル軍は「防衛軍」としての行動規範を持ち、無関係な市民の住宅を空爆することは規範に反するうえ、国際的に戦争犯罪にも問われかねない。7月30日、イスラエル空軍がレバノン南部のカーナ村の住宅を空爆し、多数の一般市民が殺害された事件も、標的設定の間違いの結果だった疑いが強まっている。イスラエル軍は当初、標的となった住宅のすぐ近くからヒズボラのミサイルが発射されていたと主張していたが、その後、この主張は間違いで、周辺からはミサイルは発射されていなかったことを、イスラエル政府も確認している。(関連記事)
誤爆は、敵の居場所を探る諜報活動がうまく機能していないために起きる。誤爆や、無実の市民を敵のゲリラ兵と間違えて殺害してしまうことは、イラク戦争で米軍が無数に繰り返し続けていることでもある。以前の記事に書いたように、イラクで諜報活動を行う米軍の中には、戦闘機や歩兵隊に対して間違った攻撃目標を教えて誤爆や誤殺を増やし、故意にイラク人を怒らせる作戦を、上から命じられて展開していたふしがある。イラク占領開始から3年、すでにこの作戦は成功し、イラク人のほぼ全員が米軍を敵視し、地元のゲリラ組織を支持するようになって久しい。
この作戦とよく似たことが、レバノンで、イスラエル軍によって行われているのではないかと思われる。イラク戦争を計画し、遂行したのは米政権内のネオコンであるが、彼らはイスラエルで今レバノン侵攻を拡大させている右派とつながりが深い。
敵対を扇動し、戦線を拡張したがるイスラエル右派の最終目標はどのようなものなのか、不明な部分が大きい。アメリカが中東に全力で関与していた以前なら、右派の目標は「アメリカ・イスラエル同盟が、アラブ諸国との長く対立する構図を作ることで、アメリカに永続的に頼れる状況を生み出すこと」だったと考えられたが、今のアメリカは世界への関与を縮小しつつあり、イスラエルにとって頼れない存在になっている。だからこそ、シャロン前首相は2004年に右派から現実派に転換し、占領地撤退をやりだした。
イスラエルの現実派の論客は最近「イスラエルは、早くアメリカのネオコンやキリスト教原理主義と縁を切るべきだ。ネオコンやキリスト教原理主義は、イスラエルを、中東諸国との間違った戦争の最前線に立たせようとしている。彼らと組むことは、イスラエルの破滅につながる。イスラエルは、アメリカを国際協調主義の方向に引き戻す努力をせねばならない」と主張する論文をイスラエルの新聞に載せた。(関連記事)
この主張は正しい。しかし、もう遅すぎる。すでにイスラエルは、間違った戦争の最前線に立たされ、退却が滅亡を意味する状態に置かれている。しかも、アメリカを国際協調主義に戻す努力は、イギリスのブレア首相が何年も試みたが、失敗したことである。世界的な常識はもはや「イスラエルがアメリカを国際協調主義から引き離し、ブッシュに好戦的な戦略をとらせた」というものになっており、イスラエルは完全に悪役にはめられてしまっている。
イスラエルの右派とアメリカのネオコン、キリスト教原理主義は、イスラエルの国益のために戦争を拡大しているかのように言いながら、実際には、イスラエルを破綻に導いている。彼らの真の目的は、やはり、以前の記事に書いたように「世界を多極化し、それをイスラエルのせいにする」ことなのかもしれない。
(リンクまでは、できなんだ
自衛隊イラク撤退の意味
2006年6月20日 田中 宇
自衛隊がイラクのサマワから撤退する方向で、日本国内外の協議が進んでいる。
イラクでは、暫定政権時代が終わり、5月下旬にマリキ首相を中心とする本格政権が発足した。6月上旬にはイラク在住のアルカイダ系テロ組織の指導者とされるザルカウィが米軍の爆撃によって殺されたと報じられた。6月13日にはブッシュ大統領が電撃的なバクダッド訪問を行い、マリキ新首相を激励した。これらのことを見て「イラクは安定し、自衛隊が撤退できる状況になった」と考えている読者もいるかもしれない。
しかし私が見るところ、イラクの情勢は全く良くなっていないどころか、逆にしだいに悪化している。それを象徴しているのが、先日のブッシュ大統領のバグダッド電撃訪問のやり方である。
大統領の訪問を事前に知らされていたのは、チェイニー、ライス、ラムズフェルドの主要3閣僚だけだった(ほかに手配を担当した事務方の数人は知っていたと思われる)。イラク側では誰も訪問を事前に知らされず、マリキ首相でさえ、ブッシュが来ていることを米側から知らされたのは、ブッシュがバグダッドのアメリカ大使館にヘリコプターで到着する5分前のことだった。(関連記事)
この徹底した秘密主義は「人々を驚かせる効果を増やすため」と報じられているが、それは違う。政権が驚かせたい対象は、マスコミや一般の人々であり、政権中枢やイラク側の高官にまで訪問を知らせないでおく必要はない。
ブッシュ政権の中枢は、イラク側の人々を全く信用できない状態だ。イラク政府の中に、閣僚クラスにさえ、ゲリラ側と密通した人間がたくさんいるからである。マリキ首相も、反米のサドル師と親しいシーア派なので信用できない。ブッシュ政権の内部にも、早くイラクから撤退しないとアメリカは覇権力を失ってしまうと考えている人がいる。そうした人々がブッシュの訪問をイラク側に伝え、ブッシュがバグダッドの空港からアメリカ大使館までを往復するヘリコプターがゲリラに狙撃されることが懸念された。
つまりブッシュ政権は、イラクの誰も信用できない状態になっている。米政府は、イラクが安定した国になるまで米軍を撤退させないことを決めている。イラクの安定には、アメリカとの相互信頼が不可欠である。アメリカの大統領がイラクを訪問するのに、暗殺を恐れてイラクの大統領にも訪問を5分前まで教えられないという事態は、イラクがまったく安定していないことを雄弁に物語っている。このままでは、アメリカは永久に占領を終えられない。
米軍が殺したというザルカウィも、実は存在しているかどうかすら怪しい人物で、アメリカがイラク占領を「テロ戦争」の一部であると米国民と世界に思わせるため、ザルカウィによるテロの脅威を拡大して発表し、マスコミに報道させてきた経緯がある。アメリカのマスコミで大々的に報じられたザルカウィの「死」には、マリキ政権の発足とともにイラクが良くなってきていることを演出しようとする、米政府の意志が感じられる。(関連記事)
▼アメリカと苦楽を共にする道を選んだイギリス
イラクが安定しないのに、なぜ、日本は自衛隊の撤退を決め、イギリスやオーストラリアも撤退の方に向かい始めているのか。それはおそらく、アメリカの占領政策の失敗の結果、イラク人のほとんどが外国軍の駐留を嫌悪する事態になっており、これ以上駐留してもイラクは安定の方に向かわないと、日英豪の政府が予想しているからである。
特に日本の場合、憲法の制約があり、非戦闘地域への駐留であることが必要とされる。占領開始当初は、イラクは1−2年で安定し、戦闘地域は非戦闘地域に変質し、自衛隊は戦闘ではなくイラク復興に協力できる存在になるので、合憲化できると日本政府は予測していた。しかし実際には、占領開始から2年以上すぎてもゲリラ戦は絶えず、イラクの中で比較的治安が安定している自衛隊駐留地のムサンナ州でさえ、イラク人の大半は占領軍の存在に反発し、占領に協力するイラク人はゲリラ側から脅される状況が続いていた。
自衛隊は戦闘しないので、状況が悪化するばかりでは、駐留を続けても意味がない。このため昨年夏から、日本政府はサマワから自衛隊をなるべく早く撤退させた方が良いと考えていた。だが、日本だけが撤退すると、アメリカから「反米」の烙印を押されかねない。ムサンナ州の自衛隊は、イギリス、オーストラリア軍と連携しており、英豪も、撤退に向けて「出口戦略」を模索したいと考えていた。日本は英豪と時期を合わせて撤退することにした。(関連記事)
日英豪のまとめ役はイギリスだったが、ブレア首相には、この件をめぐってやらねばならないことがあった。それは、アメリカをイギリスの側に引きつけておく状況を変化させないということである。
以前の記事「アメリカの第2独立戦争」で説明したように、イギリスにとって最大の国家戦略は、アメリカを動かして「ユーラシア包囲網」というイギリス好みの世界戦略を採らせ、米英中心の国際社会の体制を維持することである。アメリカは、イギリスなど欧州の側が冷たい態度をとっていると、欧州を特に重視することをやめて「多極主義」(これを親英派は「孤立主義」と呼ぶ)の方向に流れていってしまう。
911以降のアメリカの「単独覇権主義」は欧州軽視であり、潜在的な多極主義である。この傾向に危機感を抱いたブレアは、自国内の世論から反対されても、アメリカのイラク侵攻についていき、占領の泥沼にもアメリカと一緒にはまり、苦楽を共にする道を選んだ。イギリスがアメリカより先にイラクから手を引いた場合、イギリスにとって最も懸念されることは、イラク現地の混乱などではなく、その後のアメリカがイギリスと疎遠になり、孤立主義・多極主義の方に向かうことである。
▼アメリカも一緒に撤退させようとしたブレア
アメリカと疎遠になったら、イギリスは国際社会の中心ではなくなり、世界に対する神通力を失ってしまう。ブレアの発言は、ブッシュと協調しているからこそ、世界に聞いてもらえている。アメリカと疎遠にされた後のイギリスは、EUにすり寄るしかないが、アメリカ抜きのイギリスは、もはや一目置かれる存在ではなく「ふつうの




